「細菌」と「ウイルス」。この2つは単体では非常に小さく、肉眼では見ることはできません。そして時として人や動物に感染症を引き起こす原因となるという点で似ていることから、しばしば混同されることがあります。しかしこの2つは実は大きく異なるものであり、それぞれに使用される医薬品である抗菌薬(抗生物質)と抗ウイルス薬も作用機序が異なります。この記事ではその違いについて紹介します。
調査による抗菌薬の認知度と誤解
抗菌薬や薬剤耐性とは何かについてどのように認識されているのかを把握する目的で、2023年に国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンターが一般の方を対象に調査を行いました。調査はインターネットで15歳以上の男女700名を対象として行われ、その結果、「抗菌薬はウイルスに効果がある」、「風邪に抗菌薬が効果的である」、「症状が治まったら抗菌薬を中止すべき」という意見が多く見られ、多くの人が抗菌薬について誤った認識を持っていることが明らかになりました。
細菌とウイルスの違い
細菌とウイルスはともに人体に感染して病気を引き起こすことがありますが、その生物学的な分類は大きく異なります。細菌は単細胞の微生物で、適切な環境があれば自分自身で増殖する能力があります。私達の身の回りに存在する代表的な細菌としては、納豆菌や乳酸菌、大腸菌、黄色ブドウ球菌などがあります。
一方で、ウイルスは一般的に細菌よりもずっと小さく、細胞構造をもちません。また自分自身では増殖できず、他の細胞に寄生しその細胞の機能を利用して自己を複製し、増殖します。代表的なウイルスとしては、インフルエンザウイルス、ノロウイルス、新型コロナウイルスなどがありますが、いわゆる「風邪」も、主な原因は実はライノウイルスやRSウイルスなどのウイルスによるものです。
抗菌薬と抗ウイルス薬の違い
このように、細菌とウイルスはその構造が大きく違うため、それぞれに使用される医薬品も異なります。細菌に対して使用される「抗菌薬」には、ペニシリン系抗菌薬やマクロライド系抗菌薬など様々な種類があります。主に細菌自身の細胞壁の合成を阻害したり、増殖に必要なタンパク質の生合成を阻害したりすることで、細菌を殺したり増殖を抑え、感染症を治療します。
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一方、ウイルスに対して使用される「抗ウイルス薬」の例としては、ヘルペスウイルスに対して用いられるアシクロビルや、インフルエンザウイルスに対して用いられるオセルタミビルなどがあります。これら抗ウイルス薬は、ウイルスの遺伝物質の複製・組み立てや、感染した細胞からのウイルスの放出を妨害することで、ウイルスが体内で増殖するのを抑制します。
このように、抗菌薬と抗ウイルス薬はその作用機序が異なるため、例えば風邪やインフルエンザ、そして新型コロナ感染症などのウイルス感染症に抗菌薬を使用しても効果はありません。また、「抗菌薬は症状がおさまったらすぐやめる方が良い」と考える人もいますが、これは誤りです。抗菌薬は処方されたぶんを全て使用することが重要で、自己判断で服用を中止したりすると、細菌が薬剤耐性(AMR:Antimicrobial Resistance)を持ち、薬が効かなくなってしまうリスクが高まります。このように薬剤耐性を持った細菌のことを「薬剤耐性菌」と呼びます。
薬剤耐性(AMR)とその対策
薬剤耐性菌は、特定の種類の抗菌薬が効きにくくなったり、効かなくなったりした細菌です。薬剤耐性菌は自然界で形成されることもありますが、抗菌薬の服用を自己判断で中止するなど不適切な使用がその原因にもなります。薬剤耐性菌の代表的な例としては、MRSA(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)などがあり、院内感染の代表的な原因菌とされ対策がされています。このように特定の抗菌薬に耐性のある細菌が増えてしまうと、その抗菌薬を治療に使用できなくなってしまうため、薬剤耐性(AMR)対策が求められています。私達ができる対策としては、抗菌薬を処方されたら、医師や薬剤師の指示に従い、決められた分をのみきることはもちろんですが、そもそも感染症にかかりにくいよう十分な睡眠やバランスの取れた食事、運動など健康的な生活を送ることや、日頃から手洗いなど基本的な感染対策を行うこともとても重要です。
まとめ
細菌とウイルスはその構造が大きく違うため、抗菌薬と抗ウイルス薬もその作用機序は異なります。抗菌薬の不適切な使用は薬剤耐性菌の出現につながります。感染症予防と治療には日頃からの感染対策と、医師や薬剤師の指示に従った医薬品の適切な使用が重要です。
―参考資料―
国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンター 抗菌薬意識調査レポート(https://amr.ncgm.go.jp/pdf/20230925_report_press.pdf)