喫煙には数千年の歴史があり、多くの人が当たり前のようにタバコを吸っていた時代もありました。しかし近年、喫煙が肺がんや心臓病など多くの疾患のリスクを高めることが科学的に証明されると、禁煙の重要性が認識されるようになりました。
タバコの煙には多種多様な化学物質が含まれ、喫煙は、心臓病、脳卒中、多くのがん(肺がん、口腔がん、食道がんなど)、慢性閉塞性肺疾患(COPD)など、多くの疾患の主要なリスク因子となります。また、喫煙をしない人が煙を吸い込んでしまう受動喫煙も健康に影響を及ぼします。日本では2006年から医療機関での禁煙治療に健康保険が適用され、皮膚に貼りつけるニコチンパッチと飲み薬のバレニクリン錠が保険の適用範囲内で利用できる※ほか、一般用医薬品としてはニコチンガムとニコチンパッチが薬局・薬店で購入できます。また、最近ではデジタルメディスンと呼ばれる禁煙治療用のアプリも登場し利用が始まっています。本記事では、これらの医薬品がどのように効果を発揮するのかについて説明します。
※:バレニクリン酒石酸塩錠「チャンピックス錠」は、2021年6月にメーカーの基準値を超えるN-ニトロソバレニクリンが検出されたことにより出荷停止中(2023年9月現在)
ニコチンの依存性
タバコに含まれるニコチンは、私たちの脳に深い影響を及ぼします。脳には「ニコチン受容体」という特定の受容部位が存在し、ニコチンはこれらの受容体に結合する能力を持っています。喫煙により体内に吸収されたニコチンが脳のニコチン受容体に結合すると、それによって神経細胞から「ドパミン」という神経伝達物質が放出されます。ドパミンは私たちが快感や喜びを感じる原因物質の一つで、これによって「喫煙=快感」という連想が脳内に形成されます。しかしニコチンはすぐ体内から消失するので、イライラや不安などの離脱症状が現れます。これがニコチンの依存性を生み出すメカニズムで、この依存性が禁煙を難しくしています。
禁煙補助薬① – ニコチン製剤(ニコチン貼付剤・ニコチンガム)
ニコチン製剤はその剤形により体内への吸収経路が異なります。ニコチンパッチは、皮膚に貼り付けることでニコチンを徐々に体内に放出し、脳のニコチン受容体を刺激します。これにより、タバコを吸うことによって得られるニコチンの快感を模倣し、禁煙の過程で感じるイライラや不安などの不快な離脱症状を緩和します。パッチではいわゆる「口さびしさ」を紛らわすことはできませんが、効果が持続的で規則的に貼り替えることでニコチンの血中濃度を一定に保ち、離脱症状の出現を抑えることができます。
ニコチンガムは、口腔粘膜からニコチンを吸収させることにより効果を発揮します。こちらは口腔粘膜からすぐに吸収され短時間で効果が発現し、口さびしさを紛らわせることができる一方で、かみ方にコツが必要で、購入にあたっては保険適用がないという欠点があります。
ニコチン製剤の副作用は、不眠、頭痛、めまいなどが報告されており、ニコチン貼付剤の場合には皮膚の赤みやかゆみ、ニコチンガムの場合にはニコチンの粘膜刺激作用から咽頭痛や口内炎などを引き起こす可能性があります。
禁煙補助薬② – バレニクリン酒石酸塩錠
バレニクリンはニコチン受容体部分作動薬として作用します。バレニクリンがニコチン受容体に結合すると、脳におけるニコチンの快感反応を部分的に模倣し、同時にニコチン自体が受容体に結合することを防ぎます。その結果、タバコを吸うことによる満足感が減少します。バレニクリンはニコチン製剤よりも禁煙成功率が高いという報告があります。
副作用としては、頭痛、吐き気、睡眠障害、異常な夢などが報告されています。また、めまい、傾眠、意識障害等があらわれ、自動車事故に至った例も報告されているので、服用中は自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事させないこととされているため注意が必要です。
→ データインデックスが提供する医薬品データベース「DIR」の詳細はこちら
禁煙治療用アプリ(ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー)
2020年、日本でははじめての禁煙治療用アプリが保険適用されました。これはバレニクリン治療中の患者に補助的に用いられるもので、医師が処方し、患者のスマートフォン等にインストールして使用します。
一酸化炭素濃度を測定する装置と併せて用い、測定した結果はアプリ上に表示され記録します。患者の状態に応じたアプリの助言や指導で禁煙を続けやすくし、禁煙治療を支援します。
まとめ
禁煙が達成されるためにはまず本人の「禁煙したい」という意志が重要ですが、禁煙を補助するための医薬品としてニコチン貼付剤やニコチンガム、バレニクリン酒石酸塩錠があり、必要に応じてカウンセリングや行動変容療法、またバレニクリン治療中の場合は禁煙治療用アプリ等と組み合わせて用いることで、効果的な結果が得られることが示されています。しかしながらこれらの医薬品は、禁煙の補助に有効である一方で、副作用を引き起こす可能性があります。使用していて気になる症状があれば、医師や薬剤師などに相談することが重要です。
一人ひとりの禁煙は喫煙による健康被害などのリスクを減らし、結果として医療費の減少など、より健康な社会の形成につながります。
―参考資料―
ニコチネルTTS10/20/30 添付文書(2019年8月改訂:第16版)
ニコチネルガム 製品情報サイト(https://www.nicotinell.jp/p_otc/p_product/mint.html)
チャンピックス錠0.5mg/1mg 添付文書(2020年10月改訂:第1版)
CureApp SC ニコチン依存症治療アプリ及びCOチェッカー 添付文書(2022年11月改訂:第7版)